伊勢春慶塗教室 作業工程
木製弁当箱(3段)に伊勢春慶塗を施す制作工程(全9回)を紹介する。 伊勢春慶の特徴は、①ヒノキ材の木地、②ベンガラによる着色、③柿渋による下塗り、④木地の継ぎ目への刻苧(こくそ)、⑤透明漆による仕上げであり、本教室はこれらに沿ったものとなっている。 |
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第1回 木地調整 (きじちょうせい)
第2回 着色・目留め
第3回 渋引き (しぶびき)
第4回 拭き漆 (ふきうるし)
第5回 角刻苧 (すみこくそ)
第6回 拭き漆 (ふきうるし)
第7・8回 上塗り
第9回 完成
番外編1 漆の乾燥について
番外編2 漆ハケの管理について
番外編3 漆かぶれについて
※この教室は初心者向けの教室であるため、実際の製造工程と異なる点がある。
※写真は平成23年度に開催のものである。
木地(きじ)とは、漆を塗る前の白木のままの器物のことを指し、木地を作る人のことを「木地師」、漆を塗る人のことを「塗師(ぬし)」として、分業にて伊勢春慶は生産されていた。 この教室では、木地業者にて製造された「弁当箱(3段)」を使用する。伊勢春慶の木地にはヒノキ材が用いられるのが特徴の1つである。 |
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第1回 木地調整 (きじちょうせい)
機械加工をしたままの木地は、表面が粗いので、木工用サンドペーパーで木地の表面を研磨する。はじめは粗い目のペーパー(240番)で表面を滑らかにした後、次に目の細かなもの(320番)を使用して、更に表面を磨いていく。地味な作業であるが、春慶塗は完成時に木目が見えるため、ここでの作業が出来栄えに影響するので、磨きもれの面がないよう注意を払いながら丁寧に仕上げる。このとき、角部の面取りも行う。
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▲ペーパーによる表面研磨 | ▲ペーパーによる表面研磨 |
また、木地の角に接着剤が残っている場合は、後の工程でそこだけ塗料が付かないため、この段階で除去しておく。木地に熱湯を少量注ぎ、木地をゆっくり回転させながら、隅に残っている接着剤を白濁させた後、湯切りをして、木地を傷つけないよう注意しながらノミを使って除去する。
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▲熱湯を注ぎ接着剤を白濁させる | ▲ノミを使って接着剤を除去 |
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(左)もとの状態 (中)白濁した接着剤 (右)接着剤の除去後 |
第2回 着色・目留め
目留めとは、木地の表面の細かな穴をふさぐことで、次回以降の塗装が木地に浸透しないようにするためのものである。
水で溶いた「砥の粉(とのこ)」に、着色のためのベンガラ(弁柄)を少量(5%)加えた「ベンガラ・砥の粉」を使用する。「ベンガラ・砥の粉」は、1~2週間前にしっかり撹拌して水になじませておく。
「ベンガラ・砥の粉」をハケで木地に塗り、木目に沿って木ヘラでこしとり、ガーゼ(ウエス)で丁寧に拭き取る。角に取り残しのないように、また3段の箱それぞれの色濃さをそろえるように心掛ける。万一、接着剤の取り残しが見つかれば、ペーパーで除去する。
砥の粉は、粒子の細かい石の粉であるため、これにより木地表面の極微小な凹凸も平滑になる。またベンガラは、各種塗料に使われる酸化鉄を使った褐色の顔料で、伊勢春慶の特徴である赤色はこのベンガラによるものである。
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▲ベンガラ・砥の粉(泥状態) | ▲ハケで塗布 |
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▲木ヘラでこしとり | ▲ガーゼで拭き取り |
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▲着色・目留め前(左)、着色・目留め後(右) |
第3回 渋引き (しぶびき)
渋引きは、次回以降の「拭き漆」の回数を減らし、漆の使用量を減らすことで、安価に生産するための工程である。これは伊勢春慶の大きな特徴の1つで、かつて日常の雑器として使われていたため、この方法がとられたと考えられる。
茶褐色をした柿渋(渋柿を搾って熟成させたもの)の原液をハケで塗布し、ガーゼで拭き取る。色の濃淡が無いように、拭き残しに注意する。少し時間をおいて、この作業をもう一度繰り返す。
塗り終えた木地は、どの面も接地しないよう専用台の上に置く。
(次回に向け、平板皿を用いて、拭き漆の技術練習も行う。)
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▲柿渋の原液 | ▲柿渋の塗布 |
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▲ガーゼで拭き取り | ▲拭き終えた木地は専用台に置く |
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▲渋引き前(左)、渋引き後(右) |
第4回 拭き漆 (ふきうるし)
拭き漆は、木地に漆をしみこませて木地固めをすることで、上塗りの吸い込みを留めるための工程である。1度目の拭き漆は、漆の濃度を薄くして、漆が柿渋へ浸透して黒く変色しないようにする。
下地漆(生漆)をテレピン油で5~10倍に希釈したものを、ハケで塗布し、ガーゼで拭き取る。拭き取りの際は両手にガーゼを持ち、木地を直接触らないようにしながら拭き取る。角は拭き取りにくいので木ヘラを使う。
拭き終えた木地は、どの面も接地しないよう専用台の上に置き、木製箱型の漆風呂(むろ)に入れて次回まで乾燥を待つ。
(次回に向け、角刻苧(すみこくそ)の技術練習も行う。)
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▲生漆とテレピン油の混合後 | ▲ハケで塗布 |
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▲木ヘラとガーゼを使って角を拭く | ▲漆風呂に入れて乾燥 |
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▲拭き漆前(左)、拭き漆後(右) |
第5回 角刻苧 (すみこくそ)
角刻苧(すみこくそ)は、木地の内側の角(継ぎ目)を充填剤の刻苧(こくそ)で埋め、使用時の水漏れを防止する工程であり、伊勢春慶の特徴の1つである。
はじめに刻苧が木地に接着しやすいように、ペーパー(180番)で木地の角を傷つけておく。充填剤の刻苧は、生漆(きうるし)と糊を1:2の割合で混ぜた後、おが粉を徐々に加えながら、適度な硬さになるよう調整する。刻苧は空気中の湿気と反応して、短時間のうちに黒く変色する。
角刻苧の作業では、先端を「く」の字型にした自作の刻苧ヘラを用いる。まず、刻苧を木ヘラで延ばした後、刻苧ヘラに乗せるように取り、木地の継ぎ目へ押し込みながら速やかに伸ばしていく。周辺を汚さないように、はみ出たものを取り込みながら、また刻苧ヘラの角度で太さを調整するよう、先端をうまく使う。
前回の拭き漆の後に刻苧をすることで、汚れを容易に取ることができるため、初心者に向いている。また、白木地へ直に刻苧をすることと比べて、衛生的だと思われる。
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▲糊(白色)と生漆(灰白色) | ▲おが粉を加えて木ヘラで混ぜる |
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▲刻苧を刻苧ヘラに乗せる | ▲角を刻苧で埋める |
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▲角刻苧の前(左)、角刻苧の後(右) |
第6回 拭き漆 (ふきうるし)
2度目の拭き漆は、1度目より濃度を濃くすることで漆をしっかり染み込ませて木地固めをし、上塗り前の最終工程とする。
はじめに前回の刻苧表面に凹凸があれば、予めペーパー(180番)で軽く磨いて、滑らかにしておく。その後、下地漆(生漆)をテレピン油で2~3倍に希釈した濃いものを、1度目と同様にハケで十分に塗布し、ガーゼでしっかり拭き取る。拭き取りの際は両手にガーゼを持ち、木地を直接触らないようにしながら拭き取る。拭き残しは、乾燥後に濃淡のまだら模様になるので注意する。
拭き終えた木地は、どの面も接地しないよう専用台の上に置き、木製箱型の漆風呂(むろ)に入れて次回まで乾燥を待つ。
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▲ペーパーで角刻苧の表面を磨く | ▲生漆(灰白色)とテレピン油(透明) |
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▲ハケで塗布 | ▲ガーゼで拭き取り |
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▲拭き漆前(左)、拭き漆後(右) |
第7・8回 上塗り
最終工程の上塗りは、伊勢春慶の特徴である「朱合漆(しゅあいうるし)」で仕上げる。
生漆を精製した飴色で透明な「朱合漆」とテレピン油を10:4の割合で混ぜ合わせたものを、濾紙(こしがみ/吉野紙)で不純物を濾(こ)してから使用する。上塗りは、木地の裏面と、その他の面(側面・内側)の2回に分けて塗るため、仕上がりの色が同じになるよう漆と油の分量を正確に計量する。
上塗りには、人毛で作られた高価な漆ハケを用いる。まず漆ハケで漆を木地に乗せ、木地のヨコ方向へ漆を延ばした後、木地を90度回転させてさっきと直角(タテ)方向へ漆を延ばす。塗膜が厚すぎず薄すぎないよう、また塗りムラがないように注意する。塗った後は、表面に空気中のホコリが付着しないよう速やかに漆風呂(むろ)に入れて、乾燥に移す。
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▲朱合漆とテレピン油を混合 | ▲混合した漆を吉野紙にくるむ |
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▲濾し器で吉野紙を絞る | ▲木地に漆を乗せる(配る) |
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▲漆を延ばす(ヨコ) | ▲漆を延ばす(タテ) |
第9回 完成
上塗り後、乾燥させてると完成となる。
仕上がりを見ながら、これまでを振り返り、質疑や検討会を行う。同じ材料・道具を使っても、出来上がりがそれぞれ違うところが面白いところ。
作品を持ち帰っていただき、2か月間にわたった教室は終わる。
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▲白木地(左)、完成品(右) |
番外編1 漆の乾燥について
漆の乾燥は、衣類の洗濯物のように水分を蒸発させて乾燥させるものではなく、逆に空気中の水分を漆が取り込んで硬化する。そのためには、適度な湿度と温度が必要となり、また表面にホコリが付着しないようホコリの少ない環境が大切となる。一般に、漆風呂(むろ)と呼ばれる木製の箱に入れて乾燥させる。
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▲漆風呂に入れた木地 |
番外編2 漆ハケの管理について
拭き漆や上塗りで使用したハケは、そのまま放置しておくと染み込んでいる漆成分によりハケが固まってしまい、使用できなくなる。特に上塗りで使用する漆ハケは高価であるので、取り扱いに注意する必要がある。
保管の際には、はじめに菜種油でハケに染み込んだ漆成分をしごき出す。ハケに菜種油を染み込ませてポンピングさせることでハケの根元に付着した漆を染み出させた後、木ヘラでしごき出す。きれいな菜種油がしごき出されるまでこの作業を何度も繰り返した後、新しい菜種油をハケに染み込ませて、そのままラップフィルムで包んで保管する。これは菜種油が不乾性油(空気中で固まらない油)という性質を利用している。
また、保管しておいたハケを使用する際には、菜種油を洗い流してから使用する。菜種油は不乾性油(空気中で固まらない油)であるため、菜種油が塗料に混入すると塗料の乾燥を妨げることになるので注意する。
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▲漆ハケをポンピング | ▲漆ハケを木ヘラでしごく |
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▲漆ハケに新しい菜種油をつける | ▲漆ハケをラップフィルムで包む |
番外編3 漆かぶれについて
漆は、人によってかぶれる方がいる。特に、生漆が肌に直接触れると、それまでかぶれなかった人でも症状が出ることがある。軽度の方は皮膚が赤くなり、時間の経過により治ることもあるが、早期に皮膚科で治療を受けることをお勧めする。
なお受講にあたり、漆かぶれは自己責任となる。
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▲漆かぶれによる症状(軽度) |
伊勢春慶塗教室 作業工程の概要(720KB、PDF文書)